世界遺産
「熊野古道」
熊野九十九王子(発心門王子〜熊野本宮大社)
発心門王子
発心門王子は熊野九十九王子の中でも別格の五体王子のひとつに数えられていました。
「発心門」とは、仏の道に帰依する心を発する入り口(門)という意味で、ここからが熊野本宮大社の神域とされていました。
明治末期の神社合祀で三里神社に合祀となり、社殿も移築されました。現在の社殿は平成2年(1990)に復元されたものです。
水呑王子
もとは三里小学校三越分校の敷地であったところに「水呑王子」と刻まれた緑泥片岩の碑が立っています。
長い歴史のある王子社で、中世の参詣記には「内水飲」と記されており、江戸時代の初め頃から現在の水呑王子と表記されるようになったようです。
伏拝王子
長く厳しい参詣道を歩いてきた参詣者が、熊野本宮大社(旧社地大斎原)を、はじめて望むことができたため、遠く望んで伏し拝んだとされています。
中世の参詣記にはその名がなく、比較的遅い時代に成立したと思われます。
祓戸王子
熊野本宮大社まであと50mほどのところに、小さな樹叢に守られるように立つのが祓戸王子です。史料によっては「祓殿」「祓所」などの別表記があります。
本宮大社の旧社地(大斎原)までも数百メートルしかなく、他の王子とは異なり参拝の直前に身を清める潔斎所としての性格を持っていた王子社と見られています。
熊野本宮大社
祓戸王子を過ぎると、すぐに現在の熊野本宮大社です。もとは熊野川の中州の「大斎原」にあった大社が大水害で被害を受け、残った社殿を移築したものです。
(詳しくは熊野三山のページをご覧下さい)
