残響の熊野 牛尾武 素描展より 

江川界隈

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江川界隈

 今年の夏はめっぽう暑かった。
 熱波元年と呼ぶ人もいる。犯人は誰だ。
 犯人は表向きにはエコを語り、心の中は「エコよりエゴ」。大量消費、無駄、過剰が心地よく快適が大好き。
 そう、私のことだ。

 かつて私はバブルが始まる少し前からバブル期にかけて大阪で暮らしていた。オフィスビル街、デパート、巨大マンション群。一見洗練されているかに見え、そ の実は肥大化された虚飾の中に生活臭を隠ぺいし、生の自己を矮小(わいしょう)させ虚を競う。そのような都会の一面にあこがれ、しびれていた。
 その一方、当時はまだ大阪のビル群の中に軽自動車も通れない狭い道があり、両側に同じ間口の和風の家が軒を連ねていた。夕暮れ時になると打ち水がされ、夕食の支度の気配が漂い、しちりんを家の前に出して魚を焼く。そんな路地がまだ残っていた。
 えせ都会人となって自己を見失い、虚の世界の漂流者となってもがいていた私は、いつとはなしに路地から発せられるすがすがしい力に引き寄せられ、そのたたずまいになじんでいったのであった。それがなぜだか、その時には分からなかった。

 東京、そして大阪でバブルが踊り出したころ、田辺に帰り、郷里での生活が再開した。
 ある日、久しぶりに近所の路地を通った折、大阪での記憶が突然によみがえり、疑問は一気に氷解した。
  その路地には、地に足の着いたどっしりとした生活感が漂い、力強い生命力があふれていた。何世代もの間、危険と背中合わせの仕事をしてきた人々の暮らし。 その中からつむぎ出された知恵や風習が脈々と継承されている。法律以前のもっと根源的な、人としての規範の中で互いを支え合う。しっかりとした「実」の世 界を基盤としてバランスよく「虚」が散りばめられた暮らしがあった。
 今、まさにわれわれにとって必要なもの、それが路地の中に凝縮され息づいているのだ。

(文  高山寺住職・曽我部大剛)


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