残響の熊野 牛尾武 素描展より 

路地の祠

路地の祠

 かつて江川、上の山付近は、熊野を詣でる者にとって旅の緊張がいよいよ高まってくる特別な場所であったろう。そこには潮垢離(ごり)浜、出立王子があり、つい近年までは江川付近の海岸は会津川をはさんで扇ケ浜と対をなす美しい松林であった。

 中辺路を行く熊野詣での人々にとって、ここが海と直接触れ合える最後の場所である。
 「出立」とは、単に熊野への旅の出発という意味だけではなく「隠国(こもりく)」(死者の国)への死出の旅路に赴くことであるこの世を離れいよいよあの世 に入って行く、その準備として海水の持つ呪力(じゅりょく)で身体にまとわりついている罪や汚れを洗い清める。その儀式をする場所が潮垢離浜である。
 出立王子がほかのどの地でもなく、この地であることは熊野を考える上で何か重要なことを示唆している。つまり、ここが直接海水で身を清める最後の場所であり、この世とあの世の境目、死者の国への入り口、まさに「口熊野」だということである。

 どうして都人たちは、熊野に旅せねばならなかったのか、その理由はいまだによく分からない。ただその一つとして確かなことは、人間が死という概念を持って いる生物だということである。それ故に強いが半面、とても頼りなくて弱い存在でもある。そこで何かにすがりたい、守られたいと欲するのだ。これは昔の人も 現代人も共通して持っているごく普通の思いであろう。

 この路地には、地元の人から「高倉さん」と呼ばれ大切に守られている祠(ほこら)がある。 昼間は路地の中に静かに溶け込みそっとたたずんでいる。夕暮れになって祠の小さな赤いちょうちんに灯がごもると様相は一変し、つつましくしかし華やかにそ の存在を路地の中に現し出す。
 多くの人々によって大切に守られ、そして祈られ心の寄る辺となっている祠。人々の切ない願い、深い祈りに呼応するかのように不思議な力が発せられ、路地の隅々まで祠の神様の慈愛が浸透しているようだ。

 この取材に訪れた後、しばらくして祠はなくなってしまった。この路地も他所と同じく時代の潮流にさらされ、高齢化で祠をお守りしてきた人々にとって身を切 られるような苦渋の決断であった。しかし祠の神様はそのことをよく分かっておられ、帰られた後もきっとこの路地の人々に感謝し、見守ってくれているだろう。

 この路地の祠を作品として残させていただくことができたのも、代々守り続けてきた人々の思いと、祠の神様のお導きであったと思うと感慨深い。

(文  高山寺住職・曽我部大剛)

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