残響の熊野 牛尾武 素描展より 

曳き揃え

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田辺祭(下)

 田辺祭で最も興味深い儀式は、7月25日午後1時から会津橋上で営まれる「七度半の迎え」である。橋の東詰に各町の笠鉾(かさほこ)が引きそろえられ、西詰に住矢や江川の笠鉾が2基引きそろえられる。
 東詰の笠鉾より使者が2人、西詰の住矢を7度迎えに出、その後、住矢が橋の中ほどに行き使者とあいさつを交わす。これが田辺祭の本番の始まりになるのだろう。
 この儀式は上の山のふもとに先に開けた歴史の古い町に、新しい町が敬意を払ったものであろう。
 住矢は祭りの中で、大変面白い特徴を持った存在だと思う。住矢の笠の中に入ると元気で過ごせるとか、頭が良くなるとか教えられ、入った経緯がある人もいると思う。
 住矢は町内の笠鉾引き回しの先駆の役を持っている。一本柱の上を美しいあや織りの笠で覆い、笠の上部中心に松の木が出ている。正月になると門松が飾られるが、松は神様の降りて来られる木である。一本松もまた、神様の降りられるものなのだ。長野県諏訪地方の御注祭などが、その特徴的なものである。
 松と一本柱はまさに神に降りていただく最強の組み合わせである。「光陰矢の如し」と言われるように、昔の人にとって矢は速いものの象徴であった。住矢とは、矢のごとく素早く住まいを神の威力によって清める意味だそうだ。だから、一度通った道は後には戻らない。
 右には回らないという約束もある。右に回らないということは、町中を左回りに駆けるということだ。北半球においては多くの場合、渦巻きは右回りで水上にあるものを下に飲みこんでしまい、竜巻は左回りで地上にあるものを上空に舞い上げてしまう。ねじは右に回せば締まり、左に回すと緩む。
 古い時代から、左に回ることは中にあるものを出すことを意味する。住矢は町中を左に回ることによって、各住まいの中にある厄を追い出し、素早く清める役をしているのである。
 道路を清掃している清掃車の一団に例えると、清掃を知らせる回転灯を点滅させ安全を確保する黄色と黒のしま模様の車役が、笠鉾の行列の先を行く修験者(江川龍王講)である。修験者は霊験を体に宿し、その力をほら貝の音に乗せて行く先を清め、笠鉾が通ることを知らせ、また笠鉾の進行停止の合図をする役を担っている。ブラシを回してごみを出し吸引する役が住矢で、その後、水をまいてさらに清め皆を喜ばせているのが笠鉾なのだ。
 このたびの絵は7月24日、宵宮の合図橋での引きそろえが描かれている。
 田辺祭は今、存続の危機にひんしている。神社関係者、氏子、さらに多くの人々のたゆまぬ努力と熱意により支えられているのだ。
宵宮の合図橋での引きそろえは、近年新しく考案された。田辺祭をより多くの人に知ってもらい、美しさを伝えるための新たな挑戦なのだ。
 田辺祭を存続していくためには、多くの人々が知恵を絞り、汗を流し、きずなを強めてゆく。この姿勢にこそ今の時代に即した祭りの本質があるのだろうと思う。
 宵祭りの引きそろえの優美な姿と川面に映える光の帯に、田辺祭を愛し守ってゆこうとする人々の思いが映し出されている気がする。

(文 高山寺住職・曽我部大剛)


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